書を捨てるな、町に出るな。パスタを作ろう。

 一人暮らしが長いと、パスタを作るのがうまくなる。村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』だったか、その前の『羊をめぐる冒険』だったか、どっちだったか忘れたが、どっちかに書いてあったことだ。

 ぼくは村上春樹なんかたいした小説家じゃないと思っているけど、ぼくをふくむさまざまな読者、とくに一人暮らしの男性にパスタを用いた自炊の習慣をおしえてくれたという点においては、きわめて偉大な思想家だということを認めざるを得ない。

 その小説で、主人公は出先でなんだか不条理な出来事に遭遇した後にこのセリフを吐きながらパスタをつくっていた。一人暮らしをするとは徹頭徹尾自分のルールでくらすということであり、一人暮らしの技能とは自分のルールを形成し、保持することだ。村上春樹の小説は回りくどいし、分かりづらいし、スカしていてむかつくが、乱暴に言えば、だいたいのストーリーは以下の⓵、ふくまれる教訓は以下の②に要約できる。(初期作ばっかり読んでいるから、最近の春樹については知らない。)

 

⓵「生活リズムが崩れて、一人の時間も作れないし、もう最悪。全部社会が悪い」

②「外のことは知らん。飯食ってねろ」

 

 全くその通りだ。当たり前すぎて屁が出る。というわけで、「自分のルール」の最たるもの、食習慣をラクに確立させる方法について書く。

 結論から書けば、自炊初心者はとりあえずパスタだけ作ってればいいということだ。理由を順に説明する。

 

⓵作るのが速い・簡単

 パスタを作るのに必要な工程は基本的にたったの3つで、「パスタをゆでる」「具材を炒める」「パスタと具材をあわせる」だけだ。

 「パスタをゆでる」は専用の容器を買ってくればレンジで5分くらい待ってるだけでいい(しかも鍋より格段に洗いやすい)。こんなもんほぼ0工程である。これすらできないという状態の人間はたぶん精神的にだいぶヤバいのでちょっとマイナーな温泉で数日静かに過ごすべき。

 「具材を炒める」と「パスタと具材を合わせる」はだいたいおんなじ作業。実質1工程。さらに言えば具材のない素のパスタならこれらの作業は併せて「パスタを炒める」に集約される。実質0.5工程。

 つまり、極限まで集約すればパスタを作るのに必要な工程は0+0.5で0.5しかない。楽すぎて屁が出るが、これで腹が膨れるし、ちゃんと作れば満足感も得られる。さらに洗い物は、パスタ容器・フライパン・皿しか出ない。具材なしなら買い物も要らない。というかレトルトソースを使えば手間はカップ麺とほぼ変わらない。

 というわけで、パスタは、ちゃんとしたごはんが今すぐに食べたいけど外食がめんどくさい腹ペコダメ大学生にぴったりの食材なのだ。一般的な主食であるコメと比べるとこれくらい差がある。

 

パスタ

調理時間

10分前後

スイッチ押してから30分以上

単体で満足

できる

できない、おかずが欲しい

洗い物

3コ

(フライパン、容器、皿)

4コ

(お釜、おかずの調理器具、皿、茶碗)

 

 

②買いやすい

 主食としての対抗馬である、米の最大の難点が「買いづらい」ということである。まあ高くはないが、単位が「2キロ」とかだから高いし重いしかさばるし、学校の帰りにイオンに寄ってって買うとか、そういうのが結構難しい。また、帰ってからもだるい。米びつに移すのも、適当にやったらこぼれるしだるい。袋がでかいのに役に立たない。

 それに対してパスタは買いやすい。だいたい一袋500g単位で、細長い形状の袋で打ってるので学校のトートバッグにも入るし、安く買えば一袋100円ですむ。帰ったらパスタケースに入れるだけでいいし、なんならそんなもん買わないで袋のまま放置してても問題ない(腐らないし虫が湧く前に使いきれる)し、袋は小さいから捨てやすい。屁が出まくる。

 安さで言うとドラッグストアのうどんとかの方が安い(一食6円とかで売ってる)けど、袋の生めんは買いだめすると腐る。一方パスタは腐らない。外食などが多くて忙しい時期や、帰省・旅行前におもいついて買って使い余しても平気だ。地味だがこういう利点もある。屁が止まらない。

 

③凝ろうと思えば凝れる

 継続的に自炊をしていこうと思うとこの利点は見逃せない。

 単純に楽さや安さをとればカップ麺でいいのかもしれないが、変化がなくて毎日食っていると5日くらいで心が虚ろになっていく。大学生活は4年間、1460日ある。開始5日で虚無に至った場合、残り1455日で一回も首を吊らない確率はいかほどか。というかそもそもお湯を沸かして3分待つだけのことを「自炊」とのたまう度胸のある人間がこの世に何人いるのか。ぼくは一人見たことある。

 一方、パスタ。具材を2種類、肉と野菜をそろえれば、一回炒めるだけで一食できるし、インスタントでいいから横にスープでも置けばもう立派なディナーだ。肉と野菜、その味付け。可能性は無限に開かれている。

 実家で毎日パスタを食べていた人は少ないだろう。みんな、高校時代はパスタと言えば外食だったはずだ。それが毎日食べられるというワクワク感。今日はベーコンか豚肉か。ほうれん草か玉ねぎか。はたまたツナなのか……。こういうことを考えているだけで人間の心は守られる。

 パスタの最大の利点とは、楽さではなくその豊かさなのだ。最初は具なしパスタでもいいし、レトルトのソースを使ってもいいが、次第に新鮮な肉や野菜が欲しくなる。オイル系が食べたい日もあれば、クリーム系を攻めたい日もある。慣れてきたら高い食材も買ってみる。スパゲッティ以外のパスタを試し、季節の野菜を入れ、ミートソースを煮込み、ミートボールを丸めるのも楽しい。レシピ本を買ってもいいし、クックパッドを見てもいいし、無手勝流で適当に作っても、まあそんな大失敗は起こらない。また、これだけの料理を試せばだいたいの調理法にはひととおり触れることになるので、パスタ以外の料理にも手が出しやすい。

 最初は適当でおざなりな、数合わせのような一皿でいい。そこから食材を増やす。他の味を試す。くだらないことに見えても、そんな経験を積むことで、いずれは和洋中、どこにでも飛び立てる姿になる。

 パスタとは、自炊初心者のモラトリアム。まさに大学生活そのものなのである。